はぎの通信 No.95(応援する)
はぎの通信 No. 95 (R6. 10.28)
中越高等学校長 萩野 俊哉(はぎの・しゅんや)
応援する (Cheer up!)
人を「応援する」って何だろう。そんなことを考えさせてくれた本に出会いました。それは重松清著『あすなろ三三七拍子』(2010, 毎日新聞社)です。その最後のページで、重松氏は応援団長の主人公に次のように語らせています。何百人という若者に対して、です。
「みんなも…いまは若くて、誰の応援も要らないなんて思ってるみんなも、誰かを応援するなんてカッコ悪いと思っているみんなも…ほんとは、いまだって、いままでだって、いつだって、誰かに応援されてるんだ、誰かを応援してるんだ…応援して、応援されて…そうやって、みんなは生きてるんだと、俺は思う!」
思えば、教師はとても「わかりやすい」形で人を(=生徒を)応援する職業だと思います。教師は常に生徒の成長を応援しています。ちょっと極端な話ですが、私の経験を話します。教員になって数年後、いわゆる持ち上がりで高校3年生のクラス担任になりました。そのクラスに、1年生の時から私のクラスにいたある女子生徒がいました。彼女はいろいろと複雑な事情もあり、2年生の終わり頃からあまり学校に来なくなりました。朝自宅に電話をして、起こしてあげて学校に来るよう励ましてやると、それでも何とか学校に来てそれなりに授業を受けてふつうに帰っていくという日々がありました。3年生への進級前、何回目かの家庭訪問をして保護者の方も交えながら話を聞き、相談をしました。結論は、卒業はしたい、そして卒業させたい、ということで一致しました。ところが、先ほど言ったように、彼女は私が朝電話で起こしてあげないと学校には来ません。「よし!わかった!それじゃ…」ということで、それから私はほぼ1年間、朝起きるとすぐに私の自宅から彼女へ電話をして、「おはよう!起きたかい?気を付けて学校に来るんだよ。待ってるよ」と声をかけ続けました。ほぼ1年間。毎日この「モーニングコール」をし続けました。当時私は新婚でしたが、さすがに妻もあきれ果て、「なんであなたがそこまでしなくちゃいけないの!?」と責められたりもしました。しかし、当時の私は、何とか彼女を卒業させてやりたい、という一心の思いでした。我ながらよく続いたと思います。そして、1年後。彼女は無事に卒業していきました。卒業式後、各クラスのホームルームでクラス担任から生徒一人一人に卒業証書が手渡されます。私は彼女に卒業証書を手渡すとき、感極まってしまい、思わず涙がこぼれ出ました。卒業後、彼女とは連絡が取れなくなりました。彼女からも何の便りもありません。
私の「モーニングコール」は私から彼女への日々の「応援エール」でした。それが、彼女に伝わったかどうか、それはわかりません。結局伝わらなかったのかもしれません。でも、そのときにはそのような形で「応援」するより他なかったのです。反省することは少なからずあったかもしれませんが、後悔はしていません。
今日は、遠い遠い思い出話をしました。
以上